何としてもこじあけたいと思うものがあるって幸せ

全米オープンテニス、男子シングルス4回戦が行われ、

大会第1シードのノバク・ジョコビッチが、

試合中にラケット踏みつけ破壊。

試合後のインタビューでジョコビッチはこう答えました。

「感情をあらわにするのに適切な行動だったとは言わない。

時に自慢できないことをしてしまうこともある。

それでも、自分のしたことを自覚して、

そこから気を取り直して集中することが大事なんだ」と。

日本では紳士であればあるほど、

プロであればあるほど、道具を大切にする事を求める。

日本の美的感覚なのかも知れません。

物にも魂が宿るという教えからなのかも知れません。

ラケットを壊す状況を見て、いい気分はしないし、

戦っている相手の事を考えても、

感情が平常ではいられなくなることも考えられます。

しかしジョコビッチは、時々このような事をやってしまう。

皆さんもご存じの通りジョコビッチは、

世界ランキング1位で、

実績のある現在のナンバーワンテニスプレーヤーです。

そんな選手ですら、このような事をしてしまう。

日本では相手に迷惑をかけては駄目。

人を傷つけては駄目と教えられる。

それの考え方を否定しているのではありませんが、

ただ、その事を美とか紳士とかと、

とらわれ過ぎてしまう事にも問題ではないだろうか。

先日、高校生による野球世界大会が行われました。

日本は残念ながら準優勝でした。

日本の野球は緻密で正確性に富み、

見ていても気持ちのいいほど紳士に見えます。

日本の高校野球を見ていても感じますが、

一つのエラーがきっかけで逆転されたり、

負ける試合が多くあります。

一つの形があって、その形からはみ出ると、

たちまち平常ではいられなくなる所があります。

平均的なタイプからはみ出すことで、

いじめに発展する事もあります。

ジョコビッチがインタビューで答えた事の意味を、

もっと深く考える必要がある気がしています。

人間は未熟なもの。

ただその未熟さに気づいているか気づいていないか。

そして、その未熟さをどのように補うかだと思います。

周りの目を気にしてバランスを取るのではなくて、

自分の中でバランスを取るイメージが、

もっと大切な気がしています。

何のために感性が備わり、

何のための直感なのか。

もっと感情的になっていいように感じました。

人は未熟であり続ける事こそ大切で、

それをどこまで自覚できるか。

その未熟さをどうやって補うかだと、

感じることが出来たように思います。

一つの形にはめ込む事の怖さと、

紳士である事が良しとするイメージのトラウマに、

抜け出すことの困難さを、

改めて気づかされました。

ジョコビッチの凄さは、

自分をよく知っているところ。

なぜ、感情が乱れ、どうすれば平常になれるか。

未熟さを自覚したうえで、その事を克服するということより、

どう補うか。

どうすればその弱さを強さに変えられるかを。

最後に一言。

「大丈夫よ~。そんなの気にしなくていいのよ~」

って、なんて無責任な言葉なんだろう。

親は今までの経験で、

その事を大したことないということを、知っているのかもしれません。

子供に心配させたくなくて、

そうやって慰めてるのかもしれない。

でも子供は今自分の苦しさ不安を、

知ってもらいたいと思っています。

別に慰めて欲しいじゃないのに。

一緒に悩んで欲しいだけなのに。

もっと自分の事を理解して欲しいだけなのに。

それなのに、つい言ってしまう。

大丈夫。そんなこと気にしないで。と。

また言っちゃった。

なんで言っちゃうのだろう。

先日、そんな失敗をした時の話をさせて頂きます。

私には離婚経験があります。

基本娘とは、仕事が休みの時しか会いません。

先日娘と二人で一泊で旅行に行ったとき、

娘がママに「ママがいい」って言ったら、

ママは「そのような事はパパには言っちゃダメよ」って言われたという話を娘から直接聞きました。

それを聞いた僕は娘にこう言いました。

「パパに気を使わなくていいよ。これからは思った事を言ってね」

そうすると娘は、「そりゃーパパに気を使うよ」

「パパにはいつも明るく元気でいて欲しいもの」

「だからパパには気を使うよ」って。

「でもさっきプールで遊んでいるときに、ちょっと悲しそうな顔をしてたでしょ」

「私にはそんな顔見せてほしくないから、パパにはこれからも気を使うよ」

その時僕は、咄嗟にその時は眠くてボーッとしてたんだって誤魔化していた。

でも僕自身も、娘には悲しい顔を見せないように知らず知らずに心がけていたように思います。

その事を娘は見抜いていて、その一瞬の僕の表情を見ていたのです。

その日の夜部屋で、二人で楽しく遊んでいたら、急に娘が一人で遊び出しました。

ずっと下を向いて、もぞもぞと手だけを動かして。

何か様子がおかしいと感じて、娘を見たら泣いていました。

鼻水を垂らして泣いていました。

思わずどうしたの?「ママがいないから悲しいの」って僕は言いました。

「何でもないよ」「気にしないで」って。

僕自身も娘の悲しそうな顔を見て、思ってもいないのに、

「ママがいないから悲しいの」?って言っていました。

そういう理由であって欲しいと願いつつ。

でもそんな単純な理由でないことは、

鈍感な僕にでも何となく想像がつきました。

分かっているはずなのに、娘のその悲しい顔を見て、

僕自身も苦しさに耐えきれなくて、自分を誤魔化しました。

娘の方がもっと辛いのに、僕に気を使ってくれる娘に、

僕は娘を抱きしめました。

それしか思いつかなかったから。

そんな出来事があってから、僕と娘との距離が少しずつ短じまり始めた気がします。

娘は僕に少しずつ気を使わないように、

心がけてくれているのかも知れません。

今日のタイトル、何としてもこじあけたいと思うものがあるって幸せ。

幸せには、そのすぐ背後に辛さがあるものなんですね。

昔描いていた幸せとは、随分イメージも捉え方も違ってきている今日の僕です。

幸せと辛さの漢字にも、一文字の違いしかないのにも、

昔の人はわかっていたのですね。

今日はこの辺で。

いつも最後までお読みくださいまして、ありがとうございます。


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