僕は本当は人を信じていないのかも

まさかそんな事はないとは思いつつ、

僕は本当は人を信じていないじゃないかって、

そのような視点で自分を見つめて見ることにしました。

すると、自分のためにしていると思ってたことが、

人のためだったり、人のためと思ってやってたことが、

自分のためだったりと、

普段は何気なく思ってやっていたことが、

実際はそうではなかったりと、

思いのズレに気がついたりしました。

自分の事を信じていないわけでもないし、

人の事を信じていないわけでもないけど、

人生の岐路に立ったときに、

どっちを選択するのだろう。

やっぱり後悔しづらい選択となれば、

自分を優先するのだろうと思いますが、

人を信じることは面倒なことでもあるし、

信じれるようになるには、

根気も我慢も必要になるのかも知れません。

ただ、信頼し信じきれるようになると、

逆にそれに甘えて、

その人の事をもっと知りたいと思わなくなったりもする。

人を信じることは大切だけど、

信じきってしまう事も無責任なようにも感じています。

人に興味を持ち続けられるようになるためにも、

信じきらない事も必要なことなのかも。

自分を信じたい気持ちも、

人を信じたいと思う気持ちも、

信じきりたくないという気持ちの裏返しなのかもしれません。

この文章を書きながら思ったことは、

頭がおかしくなるほどに、

自分を疑ってみる視点と疑えるほどの心の隙間(スペース)も必要ってことを感じました。

自分にも人にも興味を持ち続けられるためにはどうしたらいいか。

それには人を信じきらないことも、

秘訣なような気がしています。

答えを見つけて次に進む。

自分なりに無理矢理納得させて。

これが答えだと決めつけて先へと進む。

人生とは答え探しでもなければ、

答えがないものだらけ。

本当に大切なものは目には見えないもの。

それをどこまで辛抱して、

答えを出さないでいられるか。

それが人間が持つ無限の好奇心へと繋がる。

気がつけばつい答えを必死に見つけようと、

してしまいがちだけど、

好奇心を失わないためにも、

疑ってみることも大切な気がしました。

それには、疑えるほどの心の隙間(スペース)を持つ事も、

大切なのかもしれません。

先入観や固定観念には、答え合わせをしたつもりで、

自分なりに納得させて、次へと進んでしまった、

痕跡の連鎖が先入観や固定観念となっているのかもしれません。

それをもう一度疑いを持って見直してみる事は、

勇気も根気も我慢もいるけど、

自分の可能性に気がつけるきっかけとなる。

僕は本当は人を信じていないのかも。

僕は本当は冷たい人なのかも。

僕は本当は逃げたり誤魔化したりするのが、

得意な人なのかもと思ってみる。

頭がおかしくなるぐらい自分を疑い非難して、

そこから生み出された何かにつまずき、

つまずいた事をラッキーと捉え、

立ち止まって考えてみる事も大切なんだと、

思えてきています。

最後に一言。

今感じていること、今思っている事は、

一年後にはどう変わっているかはわかりませんが、

変わることは悪くない気もしています。

変わっていく自分を見つけて行くことも、

楽しみな気もしています。

これからも好奇心を失わないための試行錯誤をしながら、

いい意味でも悪い意味でも、

疑いながら進んで行こうと思いました。

今日はこの辺で。

いつも最後までお読みくださいまして、ありがとうございます。


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