「大丈夫だよ」なんて言わないよ

痛みって本当は「お前ちゃんとしろ」って叱ってくれているのかなぁ。

生き方ちゃんと見直してみろって、言ってくれているのかなぁ。

痛みはどうしてあるのだろう。

痛みは守るためにあるものだけど、

本当は「もっと考えろ」って言ってる気がする。

今の時代、なかなか叱ってくれる人がいなくなってきて、

叱ることより褒めることの方が大事にされる時代。

叱る人は嫌われる時代。

「大丈夫だよ」って言ってくれる人が優しい人って思われる時代。

でも痛みはいつも僕を叱ってくれていたんだね。

生き方に無理があったり、ひずみがあったりすると、

厳しく接してくれるその痛みに感謝を伝えるよ。

僕もその痛みの意味を伝えられる人になりたい。

「ちゃんとしろ」って言える人にならなきゃって思う。

でもなかなか簡単じゃないけど。

叱っても優しい人って思われるようになるって、

そんな手品みたいな裏技、あったら教えてほしいよ。

そうか、どこかで優しい人って思われたいって思っているから叱れないのかもしれないね。

叱れる人って、その人のことを本気で考えてるから叱ることができるのかもしれないですね。

誰よりも相手のことを知ろうと努力している人なのかも。

体はどうして自分の事を叱ってくれるのだろう。

嫌われるのを覚悟してまで。

体ってすごく愛情深い存在なのかも知れません。

体は少しだけ、無理することよりも、甘やかされることを嫌うところがある気がします。

頑張っている人を応援したがる性質を持っている気もしています。

本当は、病気は無理をするから発生してしまうものではなく、

甘やかすことで発生してしまうものなのかも知れません。

人生と同じで、攻めている時より守りに入った時が怖い。

攻撃は最大の武器と言うことわざがありますが、

守りに入ることの方がかえって危険な状態なのかも知れません。

だから大型休み前とか大仕事を終えた休み中などに、

体調を崩し易かったりするのも頷けます。

痛みって本当は優しさなのかもって思えるようになるまでに、随分と時間はかかったけど、

人の優しさにも同じ性質がある気がしています。

人や体が望む本当の優しさって、

「大丈夫だよ」って言ってあげる言葉ではなくて、もっと分かりにくく目には見えにくいものなのかもしれません。

僕もそういう優しさに気づける人になりたい。そしてそういう優しさが出来る人になりたい。

最後に一言。

短期的なやる気や癒しを必要とする場合には、

褒めることや、大丈夫だよって言ってあげることは大切です。

でも長期的なやる気や癒しを持続するためには、

叱ることも大切なように思いました。

もちろん叱るという行為事態、なかなかできる事ではなくて、

少し間違えれば怒られていると捉えてしまう事にもなり兼ねません。

そして叱るからには責任と覚悟が伴います。

だからこそ叱ることより褒めることを多様化してしまうのかもしれません。

何事にもバランスは必要ですが、

本当に難しいのは褒めることより叱ることの方が難しく、

でも上手に叱ることができれば、これほど心に響くものはないのかも知れません。

でも叱られ慣れてない現代人は、その優しさに気づけず、

短期的なやる気や癒しの中で苦しんで、悶々としている人も多くいるのかもしれません。

今日はこの辺で。

いつも最後までお読みくださいまして、ありがとうございます。


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