老化現象と寿命は比例しない

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老化現象は食生活(栄養素)が最も影響を及ぼすのに対して、

寿命は運動量が最も影響を及ぼすと考えています。

なので、病気をしやすいとか老化しやすいのは栄養素の摂取量が多いほど影響が大きくなりますが、

寿命は運動量が多いほど短命になりやすいと考えています。

老人ホームなどの施設に入ったお年寄りが長生きするのは運動しないからで、

しかし病気が治ったり、老化が改善されることがないのは、

栄養素をバランスよく摂取してしまうからと考えます。

色々な持病を抱えながらも長生きできてしまうのは、

動かないために寿命だけは延びてしまうということなのです。

アルツハイマー型認知症は、これから一番深刻になるのは、

医療財源の問題が最も深刻で、長生きは出来るけど、

日常生活を自律で行う上で欠かせない大切な記憶が失われてしまうので、

目が離せないために、どうしても人手が必要になり、介護費用もかさんでしまうといった問題が深刻になります。

現在、一年間の国の予算の約半分近くの40兆が医療、介護で使われています。

アルツハイマー型認知症が増えることは、もっともっと財源が必要になると予測できます。

それは健康保険料も、医療費もかさんで行くことを意味します。

江戸時代は平均寿命は50歳と言われていました。

それは現代に比べ肉体労働の比重が高かったからと考えます。

でも栄養状態は今ほど多く摂取していなかったので、死ぬ直前までは身の回りのことは、

自律で出来ていたと考えられます。(いわゆるぽっくり死のようなもの)

寿命は男性より女性の方が長寿なのは、同じように運動量に比例していると考えます。

老化と寿命との関係は比例していないと感じます。

もちろん比例する部分もありますが、

大まかな部分ではそれらが影響していると感じます。

なぜなら、動物の生態を研究しても、

運動量が多い動物ほど短命で、運動量が少ない動物ほど長寿だからです。

例えば動物園の動物は野生動物の同種の動物に比べて長寿です。

スポーツ選手は短命になりやすいですし、

運動好きな人も短命になりやすいというのも、統計でもはっきりと出ています。

田舎の人は長寿なのは運動量が少ないし栄養も豊富に取らない比率が都心に比べて高いので、

健康で長寿というくくりが当てはまると感じます。

これからスポーツ選手の短命化と老化、病気の増加が益々顕著に表れだすと思っています。

なぜなら、今のスポーツ業界はサプリメントといった栄養補助食品を多様化していますし、

運動もするということで、老化しやすく短命になりやすい条件が揃ってしまっているからです。

現にすべてのプロスポーツ業界の現役でいられる年数も、

年々短くなってきていることも、そういった理由が起因していると考えています。

そして運動量の激しいプロスポーツほど現役生活を終える年齢も昔に比べて若くなって来ています。

現在、芸能人も含めて、筋トレが流行っていますが、

そういった方の肌艶などを見ていると、肌艶が悪く感じることが多々あります。

ボディービルダー達の肌艶は特に悪いと感じます。

それだけ老化が進んでいることを表していると感じます。

ここで注意ですが、田舎と例えて言っているのは、

本当に人里離れたような人口が少ない山奥に住んでいるような人を指していますので、

海側に住んでいるような物流が盛んな地域のことを指している訳ではありません。

物流が盛んになれば食材も豊富に集まるからです。

寿命といった観点で言えば、もちろん医療の存在を考えなくてはなりませんが、

それは本来の寿命とは切り離して考えなくては、

老化現象と寿命とを純粋に比較するのは難しいと考えていますので、

ここでは除外させて頂きました。

しかし長寿になるけど病気は医療で食い止めるといったことで、

生きている人にとっては何とも皮肉で、痛みや苦しみを抱えながら、

なおかつ周りにも迷惑をかけてしまうという思いを残してしまうことが多々あります。

でも尊厳死を認められていないこの世の中は、

本人も周りも辛さが残ってしまう時代になってしまっていると感じます。

私は医療によって不自然に寿命を延ばしてしまうことをいいとは思っていません。

なぜならそれによる歪が起こってしまうと考えるからです。

せっかく一生懸命家族のために働いて、子供も成人して立派に育て上げたのに、

最後の最後で家族に迷惑をかけて、嫌な思いを残して死んでいくといったことになってしまっている現状を見ていると、

切ない思いがしてなりません。

人間も動物も死ぬタイミングを逸してしまうことは、不幸になる確率を高めてしまうと思っています。

ジブリ映画「もののけ姫」でジコ坊が言っていた「肝心なことは死に食われぬ(恐れない)ことだ」と言っていたのを思い出しました。

そして、死に食われた(死を恐れた)イノシシは祟り神となって人間に襲い掛かるといったシーンが描かれていたのも思い出しました。

最後に一言。

体調が悪くなって病院に行って、お医者さんの診断を聞いて「手術しないとあなた助かる見込みがない」と言われて、

「先生、お願いします。手術お願いします」って、泣きながらお医者さんに縋っている姿を想像してみました。

想像すると、ありえない、耐えられない、絶対に。

素直にそう感じました。

自分の体に背を向け続けた結果、そのような体からのメッセージを受けて、

人に泣きながら縋ることが、今、日常に起こっています。

それをお医者さんは「分かりました、全力で頑張りましょう」って、

「あ~、ないない、自分には絶対にない」そう思える。

そんな情けなくて、悲しい行動、あり得ないって思える。

それはお医者さんに対してではなくて、自分の体に申し訳なさ過ぎて、ないって思いました。

「お前、お医者さんにそんな情けない姿を見せれるほど、命に感謝して生きて来たのかよ」

「いつ死んでも悔いなしと思えるような生き方を、なぜしなかったんだよ」

「そういう状態になるまで、なんで体に耳を傾けてくれなかったんだよ」

そういう体からの悲しさを感じるから、それで手術して助かっても、全然うれしくない。

自業自得だって思える。

今の僕なら、必死になって体と向き合って、体に信頼をしてもらえる努力を重ねると自信をもって言える。

それでも治らなかったら、それは死になさいっていう体の優しさだと思えるから納得した死を迎えられる気がする。

今ならそうするし、そういう選択肢以外にないと思える。

体から死を宣告されて生きているなんて滑稽だよ。

この世の中は、死んでいるはずの人が、不自然に生きてしまっている人で溢れている。

まさに死に食われた祟り神が、今の社会を動かしている時代で、それで本当に良い方向に進むのだろうか。

そんなの進むわけがない。

それなのに、医療裁判を起こそうとしている被害者遺族の報道を見ていると、

人間の強欲と図々しさに呆れてしまう。

体が望まない命の境界線に自らで足を踏み入れておきながら、

医療ミスだと訴えようとしている姿に、死に食われたイノシシが祟り神になって人間に襲いかかっているように見えるのは、僕だけではないはずです。

自分の体なんだから、自分で責任を持つべきだ。

そのように思いながら生きていけたら、きっと幸せだろうなって感じます。

医療って本当に人の幸せになっているのだろうか。

死に食われた人を増やし続けて何になるのか。

医療って、ただのまやかしの幸せを生み出しているだけなんじゃないかって思うことがあります。

幸せだって思いたいだけ、生きているって思いたいだけ、生かされているって感じたいだけなんじゃないかって。

そんなことをしないと命の大切さに気づけないなんて、不幸だなって、ようやく思えるようになってきました。

これからも死に食われぬよう、生きて行きたい。

最後に今日の気分♪
もののけ姫  印象シーン

お時間ございましたら、どうぞ

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https://soft-balance.at.webry.info/202101/article_22.html

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