体の言い分

20210208_032607.jpg
体は言う。

長寿であることはさほど価値を見出さないが、

病気をしないことは誇りに思う。

現在の死に方と昔の死に方で決定的に違うのは、

病気によって最後を終えてしまうか、

寿命によって最後を終えるかの違い。

体は当然ながら寿命で亡くなことを望んでいる。

しかし、現在では寿命で亡くなっている人が皆無に等しいほど、減っているように感じます。

情けないというか、不自然というか、体への冒涜というか、

何とも言えないような体からの悲しみを感じずにはいられない。

人はいつか必ず死ぬけど、

病気で死を迎えるのと、寿命で死を迎えるのとは、

全く別の死に方と言っていいほど、

天と地ほどの意味合いが違ってくると感じています。

にも関わらず、その違いに気づいていない人が多いことに驚かされる。

病気をすることが当たり前で、それによって人は死ぬものだと思っている人が多いということは、

体の声に耳を傾けられていない実情を実感しています。

このことはお医者さんですら、気が付いていない人が多いように感じます。

お医者さんが気が付かないのも分からなくはありません。

なぜなら、病気にしか興味がないからではないか。

実は寿命を延ばすのは医学の範疇ではないことを、

お医者さん自身が、経験の中でよく知っているからではないだろうか。

医学の力では寿命をコントロールすることはできないと知っているからこそ、

寿命には興味が無くなってしまうのだと感じます。

そのことは体の専門家であるがゆえに、体自身が長生きすることを価値を示していないことを知り、

寿命を延ばすことに興味を無くしてしまうのだと感じます。

しかし、お医者さんでもない一般人が、なぜ気づけないのか。

自分の体を管理できないで、なぜ幸せと言えるのか。

昔の死に方は、死ぬ直前まで健康状態で、

ローソクの火にふっと息を吹きかけて消すような死に方で死に、

苦しみや痛みをあまり感じることがなく、安らかに死に向かうのに対して、

現在は苦しんだり痛んだりして不安を抱えながら死に向かうことが多いように感じます。

現在の死に方が自然であると思わせているのが、まさに今の医療の流れだと感じています。

決してその流れを信じてはならないけど、そう信じた方が気兼ねなく死に向かうことができる時代なのかもしれません。

病気することは決して悪いことではない。

老化現象や遺伝だから仕方がないと思わせた方が、

死ぬことに後ろめたさがないからではないだろうか。

体の言い分を言うならば、全くの侮辱的な流れだと言わざる負えない。

病気をすることは決して自然に発生するものでもないし、

病気による死と寿命による死を結び付ける行為を体は強く否定してくる。

最後に一言。

命の最前線で戦っているお医者さんは、なぜこの状態で生きていられるのか、

なぜこの状態なのに死んでしまうのかを理解できない生と死を経験する中で、

寿命を操作することは医学の範疇ではないことを気づく瞬間が訪れるのかもしれません。

健康診断で何の異常もなかった人が突然死を迎えたり、

全身癌でも生き続ける状態を目の当たりするからこそ、

自然な流れとして、寿命とは神の域と感じずにはいられなくなるのかもしれません。

だからこそ病気に焦点を絞る方がやりやすく、やり甲斐を感じやすいからではないだろうか。

それだけ命というのは尊いもので、容易く踏み入れることのできない領域なのかも知れません。

院長ブログ更新しました「体の言い分」 #命の尊さ #生と死 #死に方 #老化 #寿命 #内臓ケア専門 #自律神経専門 #神の領域 #飯田橋 #神楽坂 #整体 #鍼灸 #グリーンバランス #片山大輔 #千代田区 #富士見
https://soft-balance.at.webry.info/202102/article_6.html

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 6

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス

この記事へのコメント