感覚の文化への移行

思考や言語をフル活用し、人の目を気にしながら上手に長いものに巻かれて生きて行く時代から、 これからは味覚以外の感覚を大切にし、触覚や聴覚や嗅覚などで感じた情報を頼りに生きる文化への移行が始まって行くのかもしれません。 どういうことかと言えば、人間は人と接点を持てば持つほど、より成長できると思われてきた一方で、 実は全く逆で、どんど…
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根拠はないけど

先日、山形県の出羽三山で有名な羽黒山、月山、湯殿山の旅に行って参りました。 それぞれ過去、現在、未来と、生まれ変わりの山として昔から信仰の対象となっています。 その生まれ変わりという名の通り、その山々がとても険しくそれぞれの場所に辿り着くのに大変苦労しました。 しかし、とても大切な経験をさせて頂いたと感じています。 さて本題です…
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奥ゆかしさ

日本では古くから「奥ゆかしさ」を兼ね備えたことを美徳とされた。 現代の「控えめ」や「あざとい」のどれとも異なり、 また「動作を大げさにし気づかせる」わけでもなく、 深い心遣いが感じられ、品位があり心がひかれる様子。 もっと歩み寄りたいまたは近づきたいと言う欲求を起こさせ、 人を動かすほどまでに惹きつける配慮がある様などを昔から…
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自我を持たない心理

どこまで行っても自我を持たないことへの拘り。 自我を持つということは、自分を苦しめてしまう原因になってしまうだけではなく、 人生を楽しめなくさせてしまう存在になると思っています。 要するに自我を持つことは自惚れと言われても仕方のないことと思っています。 自惚れは、なければない方がいいことは誰もが知っている。 なぜなら冷静さを失…
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拘れない拘らない

人は拘りを持つ人を否定しがちである一方で、拘りたくても拘れない者も多くいるのではないだろうか? どういうことかと言えば、拘りを否定する人ほど、 実は拘りがないことへの劣等感のようなものを抱いているのではないだろうか? 拘りがないことは、言ってみればどちらにも振り子が振れにくいということでもあるからだろう。 どちらにも振り子が振れ…
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履きやすい運動靴

履きやすい運動靴ばかり履いたり、履きやすい靴を求めてしまう行動には、 何も感じない人になってしまいそうで、何も気づけない人になってしまいそうで。 感じれないとは、今どういった状況で、どういった危機が迫っていて、何が問題で、 どうしなくてはいけないかが分からなくなってしまいそうで。 運動靴は履きやすくて疲れにくくて安全で便利だけど…
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贅沢さ

旅行先の名もない古いお寺に行った際に、 人が誰もおらず、お寺のお賽銭箱の側で仰向けに寝転がりながら空を眺めていたら、 贅沢だなぁ~、っと思わず声に出していました。 子供の頃はよくお寺や神社で遊んでいた頃を思い出します。 緑が多く、虫や鳥が鳴き、敷地が広く見通しも風通しもいい、 そして人が訪れない静かな場所、最高の贅沢だなって思…
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