携帯のない時代
携帯のない時代とタイトルに書くと、
昭和生まれの戯言と揶揄されそうですが、
そのようなありきたりな内容を書くつもりは毛頭ありません。
そもそも人間は進化どころか退化し続けている生き物である以上、
所詮、生命の頂点に位置する植物にはいくら逆立ちをしても、
その系図が変わることはありません。
それを踏まえた上で、携帯についてお話をしたいと思っております。
皆さんもご存じかと思いますが、
携帯の出現は人間の退化を早めてしまったと言っても過言ではありません。
当然ながらスマホやインターネットはそれに追い討ちをかけていることは、
今更説明するまでもありませんが、
では何を退化させたかと言えば、想像力ではないかと感じております。
想像力を一言でいえば、幸せに生きるための魔法の剣。
この想像力は植物が最も長けた生き物ではないかと思っております。
植物はその想像力で幸せに生きる術を身につけ、その想像力を頑なに守り、引き継ぎ続けている生き物。
その地に生をうけ、一生その場所で立ち止まって生き続けられる力は、
人間は植物の足元にも及ばないのだと感じずにはいられません。
この考え方は人間が生きていく上に置いて、人を敬うということを忘れないための、
私なりのケジメと思ってお聞き流しくださいませ。
植物のお蔭でどれほど人間が助けられているかを考えれば、
そう考えるのは自然の流れとお考えください。
さて、昭和生まれの戯言はこの辺にして、
携帯のない時代の良さを一言で伝えるのは困難ですが、
ただ、携帯がまだ存在していないドラマや映画を観ていると、
時間の「間」について考えざる負えない事に気がつかされます。
相手との連絡が思うようにつきにくいからこその、
時間の間といいますか、もどかしさと言いますか、
その「間」こそ想像力をかきたて、そわそわ感と共に感情がぐるぐるとかき混ぜられる心境に、
今風に言えばCGや3D、4Dの世界を遥かに凌駕するほどの興奮というものは、
想像力のなせる業のように感じます。
そういった時間の間がスクリーンを通して伝わり、
その芸術を更に素晴らしいものへと誘ってくれる存在となって行きます。
その「間」が今では携帯の出現によって描きにくくなっている時代となり、
芸術に深みと彩のない単なる娯楽映画とかしてしまっている気もします。
何とも侘しいやら、つまんないやらで、
時代の流れと共に人間の退化を痛感せざる負えないことに、憤りを感じております。
このまま人類は想像力の退化と共に滅びてしまうのかと、
携帯の出現を深く嘆く今日この頃でありますが、
ではどうすれば想像力を退化させずに幸せに生きられるのかという話をしなくてはなりません。
それにはやはり恋をするのが手っ取り早いのではないでしょうか。
恋をして恋患いになり、また恋をして恋患いになる。
これが想像力を高めてくれ、幸せに生きる原動力になるものと信じております。
バレンタインデーも間近だからこそ書けた内容だと思いたい。
ゴンドラの唄を聴きながら。
今日はこの辺で。
いつも最後までお読みくださいまして、ありがとうございます。
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