指の解放

足の指を解放することの重要性に気がつきました。 最近では運動靴を履くのを躊躇ってしまうほどにまでなってしまいました。 なぜなら運動靴は足の指を固定させてしまうからです。 足先の動きを制限させてしまうのは運動靴に限ったことではありませんが、 足先を自由に動かせなくさせることは、発想力が低下してしまうのに繋がってしまうのではないかと…
コメント:0

続きを読むread more

空想

下駄は運動靴より疲れやすいというイメージは、誰しも持っているイメージだろう。 確かに夏祭り、花火大会などでたまに下駄を履いた程度では、 疲れやすいとか痛いとか滑るといった思いを経験するのは確かなのかもしれない。 しかし、下駄を日常的に履いていると、不思議と運動靴より楽に歩けることに気がつく(私自身の感覚です)。 それは当然で、昔…
コメント:0

続きを読むread more

感覚の文化への移行

思考や言語をフル活用し、人の目を気にしながら上手に長いものに巻かれて生きて行く時代から、 これからは味覚以外の感覚を大切にし、触覚や聴覚や嗅覚などで感じた情報を頼りに生きる文化への移行が始まって行くのかもしれません。 どういうことかと言えば、人間は人と接点を持てば持つほど、より成長できると思われてきた一方で、 実は全く逆で、どんど…
コメント:0

続きを読むread more

根拠はないけど

先日、山形県の出羽三山で有名な羽黒山、月山、湯殿山の旅に行って参りました。 それぞれ過去、現在、未来と、生まれ変わりの山として昔から信仰の対象となっています。 その生まれ変わりという名の通り、その山々がとても険しくそれぞれの場所に辿り着くのに大変苦労しました。 しかし、とても大切な経験をさせて頂いたと感じています。 さて本題です…
コメント:0

続きを読むread more

奥ゆかしさ

日本では古くから「奥ゆかしさ」を兼ね備えたことを美徳とされた。 現代の「控えめ」や「あざとい」のどれとも異なり、 また「動作を大げさにし気づかせる」わけでもなく、 深い心遣いが感じられ、品位があり心がひかれる様子。 もっと歩み寄りたいまたは近づきたいと言う欲求を起こさせ、 人を動かすほどまでに惹きつける配慮がある様などを昔から…
コメント:0

続きを読むread more

自我を持たない心理

どこまで行っても自我を持たないことへの拘り。 自我を持つということは、自分を苦しめてしまう原因になってしまうだけではなく、 人生を楽しめなくさせてしまう存在になると思っています。 要するに自我を持つことは自惚れと言われても仕方のないことと思っています。 自惚れは、なければない方がいいことは誰もが知っている。 なぜなら冷静さを失…
コメント:0

続きを読むread more

拘れない拘らない

人は拘りを持つ人を否定しがちである一方で、拘りたくても拘れない者も多くいるのではないだろうか? どういうことかと言えば、拘りを否定する人ほど、 実は拘りがないことへの劣等感のようなものを抱いているのではないだろうか? 拘りがないことは、言ってみればどちらにも振り子が振れにくいということでもあるからだろう。 どちらにも振り子が振れ…
コメント:0

続きを読むread more

履きやすい運動靴

履きやすい運動靴ばかり履いたり、履きやすい靴を求めてしまう行動には、 何も感じない人になってしまいそうで、何も気づけない人になってしまいそうで。 感じれないとは、今どういった状況で、どういった危機が迫っていて、何が問題で、 どうしなくてはいけないかが分からなくなってしまいそうで。 運動靴は履きやすくて疲れにくくて安全で便利だけど…
コメント:0

続きを読むread more

贅沢さ

旅行先の名もない古いお寺に行った際に、 人が誰もおらず、お寺のお賽銭箱の側で仰向けに寝転がりながら空を眺めていたら、 贅沢だなぁ~、っと思わず声に出していました。 子供の頃はよくお寺や神社で遊んでいた頃を思い出します。 緑が多く、虫や鳥が鳴き、敷地が広く見通しも風通しもいい、 そして人が訪れない静かな場所、最高の贅沢だなって思…
コメント:0

続きを読むread more

下駄の効能

今年に入って一日2時間のウォーキングを心がけ、 足腰の健全さが健康へ及ぼす影響について調べています。 ウォーキングの際のシューズにも拘り、 最近では足袋や下駄にチャレンジをしてみて気がついたことがいくつかあったので、書いてみようと思います。 特に下駄を履きだして顕著に思うことは、 下駄は前のめりで、すなわち体重軸を前にしてしま…
コメント:0

続きを読むread more

元気すぎるこの身体

体が元気すぎるというのも問題だ。 何が問題だと言えば、元気なのに自由を愛するからだろう。 色々なことに縛られるのが嫌いで、 執着を削ぐことに生き甲斐を感じて生きて来たからです。 要するに時間とエネルギーをもて遊んでしまっているような罪悪感が半端ない。 鴨長明の方丈記にも書かれているように、 自由に誰にも縛られない生き方の末の…
コメント:0

続きを読むread more

百尺竿頭に一歩を進む

百尺竿頭に一歩を進む(ひゃくしゃくかんとうにいっぽをすすむ)とは、 百尺の竿 (さお) の先に達しているが、なおその上に一歩を進もうとする。 すでに努力・工夫を尽くしたうえに、さらに尽力すること、 また、十分に言を尽くして説いたうえに、さらに一歩進めて説くことのたとえですが、 最近、鴨 長明の方丈記を呼んで感じたのですが、 鴨…
コメント:0

続きを読むread more

諦めたときだけ指す光

今までの人生を振り返った時にいつもこういった瞬間に遭遇する。 諦めたと言っても実際には諦めていないのですが、 その時その瞬間は確かに諦めたと自覚するのです。 もうこれ以上は進めないとはっきりと自覚するのです。 その時の心境を説明すると夕暮れ時の黄昏時(たそがれどき)に似ている感じがします。 今どちらに向かって歩いているのか、今…
コメント:0

続きを読むread more

ロッキングチェアのように

ロッキングチェアに揺られながら夜空を眺めていると、なんだか懐かしい気持ちにさせられる。 赤ん坊の頃の記憶がそうさせるのかはさだかではないけど、 人はゆらゆらとした規則正しい動きにはどこか安心感を覚えやすいのかも知れませんね。 今の僕にとって考え事をしたい時やリラックスしたい時など様々な場面でロッキングチェアが活躍する。 そのゆら…
コメント:0

続きを読むread more

適正体重

自分の体にとって適正体重を知ることは大切なこと。 皆さんは自分の適正体重をご存じでしょうか。 適正体重は世間一般的な計算方法で導き出すのではなく、 自分の感覚でベストと思われる体重として考えてください。 例えば、ソプラノ歌手がいますが、ソプラノ歌手は太った方が多いのをご存じかと思いますが、 それは、声を出す際に適正体重を追求し…
コメント:0

続きを読むread more

生きる意味、意義は自分の中にはない

もしかしたら精神を病んで(鬱などの症状だけではなく感情の起伏の激しさ怒りやイライラなども含め精神全般の平常ではいられない乱れも含みます)しまう人ほど、 生きる意味や意義を大切にして生きてしまっているのではないだろうか。 商売は人に尽くせば商売が成り立つのに対して、 幸せに生きるためには、自然を敬い続ければ成立する。 全ての仕事は…
コメント:0

続きを読むread more

それがあるからこれがある

人には良い部分と悪い部分の両面をバランスよく持ち合わせているもの。 だから良い部分を大切にして、 それがあるからこれがあるといった具合にポジティブにとらえる方が人生は上手くいく。 自分が相手に対してそれがあるから幸せに感じているのであれば、 それを大切にして、それを維持するためにはこれが必要と思う。 良い部分と悪い部分は常に天…
コメント:0

続きを読むread more

大義名分

幸せに大義名分は必要なのだろうか? 人は達観すればするほど真実が見えにくくなってしまうものではないだろうか。 今現在の養老孟子さんが何を幸せと感じているのだろうか? あの方も私と同様に幸せに生きている一人なのかもしれない。 それは、幸せには規模や慕われる数や量は関係なく感受性の問題だと感じるからです。 今の養老さんはお金に困っ…
コメント:0

続きを読むread more

初夏の陽気

今日は朝から初夏の陽気だそうだと朝のラジオで言ってたなぁ~。 この時期私は花屋に行くのが恒例だ。 なぜなら、冬の寒さで弱って見映えが悪くなった植物が安売りされているからだ。 まるでペット屋の犬を眺める子供のような眼差しで僕は植物を眺めている。 昨日、いい花屋を見つけて今日は週始めから気分がいい。 少し弱って見えるだけ、少し見た…
コメント:0

続きを読むread more

徳を積むこと

始めに以下の説明にあたって言っておきたいことは、 私が思う幸せとは「生きていることを毎日感謝ができ、生きることが奇跡だと思えている心の状態」を、 私が感じる究極の幸せ感と思っています。 幸せの価値観はそれぞれにあっていいのだけど、 私自身はそれが究極であり根源であると勝手に思っています。 それを踏まえて以下の内容に触れて頂けれ…
コメント:0

続きを読むread more

わかった気にならぬよう

ある芸能ニュースでこんなことが書いてありました。 ある俳優が昔に、大先輩の俳優さんに言われた言葉を今も大切にポケットにしまっているという言葉が紹介されていました。 その言葉とは、先輩に「どうだ?ドラマの反響は?」と聞かれてこう答えたそうです。 「写真撮ってと言われる。指をさされる」と言うと、 その先輩俳優はこう応えられたとのこと…
コメント:0

続きを読むread more

無駄な努力

例えば、お部屋に飾った植物の水やりが努力と思うのであれば、その植物は育てない方がいい。 好きだから植物をお部屋に置いているのであれば、お水をやることは努力にはならず、楽しみとなるだろう。 その人のためにとか、何かのためにやろうとするから、それが努力となって、やがて苦痛になって行くのだと思う。 雨を降らせるのは、別に人間のためでも植…
コメント:0

続きを読むread more

発見

昔から孝行したい時分には親はなしということわざがありますが、 親の有り難さがわかる年頃には、親はこの世にはいない。 これは親が生きているうちに孝行せよという戒めの言葉ですが、 なぜそのようなことになりやすいかといえば、大切な人を亡くすことで人は、 今立っている場所がワープするかのような変化を起こすのではないかと思います。 立っ…
コメント:0

続きを読むread more

食が乱れたら心が乱れる

私は精神的鬱症状の根底にある原因は、食の乱れが原因していると思っています。 乱れというのを詳しく説明すると、体が食生活の改善を求めているシグナルとして、 鬱症状があると思っています。 鬱症状は結果ではなくシグナルとしての役割があるのではないかと考えます。 鬱症状は様々な痛みや苦痛や不安やイライラや無気力など多岐に渡って症状を訴え…
コメント:0

続きを読むread more

すぐには分かりにくいもの

何となく今、面白くなってきた。 すぐには分かりにくいものが、本当は大切なのかもしれない。 そんなことに気がつき、直ぐに判断したり見切りをつける行動を止めて、 暫く進んでみることを心がけていると、徐々に分かってくる。 何事においても流れを大切にして、それによる良し悪しの判断を直ぐにはしない。 流れに従うことを優先して生きていると…
コメント:0

続きを読むread more

手ぬぐい

手ぬぐいは日本の伝統織物の一つですが、この手ぬぐいは意外と便利なものだと最近気がついた。 80年前の映画を見ていると、度々手ぬぐいが登場する。 私自身の生活にはほとんど縁がなかった手ぬぐいだけど、 最近、その手ぬぐいを使う機会が増えたように感じます。 今までは床を拭くときは決まって雑巾を使用していたのですが、 それを手ぬぐいに…
コメント:0

続きを読むread more

愛することが学び

人を愛することは容易なことではないという人がいます。 だから愛を知るために学びに来たという人がいます。 ただ、愛を難しく捉えるのも問題になる。 なぜなら、愛とはある意味、本能でもあるからだろう。 人は出会うべき人とは必ず出会えると思っています。 ただ様々な思い込みや余計な見栄やエゴや感情といった思考によって、 その人との深い…
コメント:0

続きを読むread more

物の本質

80年前の白黒映画を見慣れてしまえば、現代の映画がいかに陳腐で安っぽく見えてしまうか。 どんなに素晴らしいと評価された映画ですら、80年前の日本の映画を上回る映画などありはしない。 その時代の映画を知ることは、現代の如何なる素晴らしいとされる最高の映像技術を駆使したとしても、 感動に値しないものになってしまう。 戦前までの日本の…
コメント:0

続きを読むread more

「ならんものはならん」パート2

今日は先日の「ならんものはならん」の続きです。 医療が、自力で治せない範囲を補うほどの発展を遂げているかと聞かれれば、 私なら即答で遂げていないと答えられる。 医療処置が免疫力を向上させることに期待できない以上、 あくまでも応急処置としての域を越えて来ない。 それどころか医学が発達すればするほど、自力では治しきれない病気がどん…
コメント:0

続きを読むread more

ならんものはならん

昔から家族ぐるみで来院下さっている患者さんと「ならんものはならん」について話をしていました。 昔は家族単位でルールがあって、うちはうち、他は他という勝手な家族ルールがあり、 ならんものはならん、という今では考えられないほどの、個々の家族で更にどぎつい身勝手なルールがあったものです。 それは昔の風習で家を守る、家を継ぐといった考え方…
コメント:0

続きを読むread more

椿の香りと太陽と

むしゃくしゃした朝、いつものように散歩に出かけた。 訳あっていつものコースの逆方向の散歩となった。 いつもは太陽を背にして歩いている。 でも今日だけは太陽に向かって歩くはめになってしまった。 1時間半の散歩道を歩きながら、ふと気がつくと、椿の花の香りがして来た。 今までは気がつかなかったけど、皇居の回りには、椿の木が内堀通り沿…
コメント:0

続きを読むread more

鼻を使ってイキイキと

植物が、いや、人間が食す全ての食材が人間に合わせて生まれてくると思っている人がいる。 植物や動物がなんの抵抗もせず、人間に美味しく食べられるために生まれてくると思っていませんか? 生き物は当然ながらそんなはずがありません。 どういう事かといえば、栄養素という名の毒分を、 体に忍ばせて抵抗している事をご存じない方があまりに多いこと…
コメント:0

続きを読むread more

失敗から学ぶより直感から学んでいたい

人との出会いが思わぬ場所に連れて行ってくれることがある。 それは決して相手の言動からではなく、 何か引き寄せに似た、目には見えない導きのようなものから起こるのではないだろうか。 ほんの僅かなエネルギーのぶつかり合いが、不思議な風を生み出すのかもしれない。 ある人との出会いが、気がつけば行動範囲を広げ、体の動かし方も思考の使い方も…
コメント:0

続きを読むread more

同じにすること

背中に朝日を浴びて歩く冬の朝はとても気持ちがいい。 その気持ち良さは太陽の仕業か、それとも寒さとの共同演出によるものなのかは分からない。 ただ、それだけではない気がする。 最近、朝の通勤電車から徒歩に変えて通勤をしています。 いつものように動機は特になく、流れが来たのでやり始めた。 早歩きで約1時間半の距離を歩く日々に今は満足…
コメント:0

続きを読むread more

サイン

幸せとは言葉で伝えられることより、 想像で得られる幸せの方が細胞から喜びを感じられると思っています。 親切は、人に気づかれないようにするものという教えは、 ずっと私の心に灯っています。 なぜ人は動物を飼いたがるのかご存じでしょうか? もちろん昔は、狩猟的な目的や番犬的な意味があったと思いますが、 今現代人が動物を飼うという理…
コメント:0

続きを読むread more

猫と犬の少し不思議な話

私が小学1年生の頃に飼っていた猫の面影を、今も時々思い出す。 なぜなら、今両親の実家で飼っている犬がその時の猫の面影そっくりだからかもしれない。 私は勝手に蘇ったのだと思っています。 実はその犬の名前が偶然にも当時飼っていた猫の名前と一緒なのだ。 両親はたまたまと言っていたが、私は初めてその犬に会ったその日に、あの時の猫だと悟っ…
コメント:0

続きを読むread more

確認

ウイルスがいつどんな風に体に悪影響を及ぼしたというのだ。 それを見たのか? 確認したのか? ウイルスが体内に入ったところを見て、それが体にどんな作用を起こしてとか、 自分の口からウイルスが相手に飛散したのが相手の体内に入って、ウイルスが相手に攻撃したところを、 ちゃんとこの目で確かめたのだろうか。 確認できていないのに、想像…
コメント:0

続きを読むread more

会わないでことが済む時代より会って匂いを嗅げる時代がいい

会わなくても仕事も話も出来てしまう世の中だけど、 会わないと分からないものがある。 それはその人の臭いだ。 出歩かなくても景色を見れてしまう時代になってしまったけれど、 やっぱりその場の匂いを嗅がなくては、思い出には残りにくいと思った。 そう、記憶とは目で見ただけの景色より、臭いや肌で感じた景色の方が遥かに記憶されるもの。 …
コメント:0

続きを読むread more

リズミカル

寒くたっていいじゃないか、冬なんだから。 ウイルスがいたっていいじゃないか、生きてるんだから。 どっちみち、冬もウイルスも避けては通れないんだから。 そんなことに気を取られないで、リズミカルに進もうじゃないか。 数値や規模や指標といった目に見えるものをこまごまと考えないで、 もっと流れを受け入れて生きたらいいじゃないか。 怯…
コメント:0

続きを読むread more

自由に泳いでいたいんだよ

川の流れに身を任せて泳げているときの私は、 いつだってすいすいと気持ちよく泳げる。 力の抜けていい感じの泳ぎができる。 ただ、それを思考で制限をかけられると、たちまち上手には泳げなくなってしまう。 私はそういった特徴がある。 要するに5歳児の子供のように素直なのだ。 自分で言うなと言われそうですが、親という存在が徐々に制限を…
コメント:0

続きを読むread more

南天

年末にまあまあ高級な旅館で一泊してみて思ったことがあります。 世間的には、いい旅館といえるのだと思いますが、 私にとっては、どれも価値を見出せないでいました。 景色なんて外に出ればいくらだって見れるし、贅沢な料理よりいつものセロリで満足だし、 温泉だって何回も入ることがいいとは思ってないし、 慣れない親切な対応も、気を使って落…
コメント:0

続きを読むread more

食べることや寝ることが好きな人ほど不幸せ

食べることや寝ることのどちらかでも、今の自分の幸せのトップ3に入っているとするならば、 それは不幸せな日々を送っていると言えるだろう。 これを言ったらおしめぇ~よって言われそうですが、 これは本当に当てはまる原理のように思っています。 認めたくない人も多いのかもしれませんが、 動物にとっても赤ん坊にとっても、寝ているときは不安…
コメント:0

続きを読むread more

腹を立てぬ

まだ私が中学生になったばかりの頃なので、35年ほど前になりますが、 親父がいきなり書くものないかと母親に訪ねながら、 当時、テレビに出演していた、大徳寺大仙院住職、尾関宗園氏が発していた言葉を、筆で書き始めた(今日の写真が現物です)。 今でもその時の情景を鮮明に覚えている。 親父が筆で書いてくれた用紙を、なぜだかずっと思い出箱に…
コメント:0

続きを読むread more

北の空

思考や感情が優位に働きやすい「気分」で行動を起こすことより、 思考や感情が優位になりにくい「感覚」で行動を起こすようになれると、 随分と生きやすくなると感じています。 感覚は体からのメッセージで、気分は脳からのメッセージ。 どちらの方が空気を読めて、ストレスがなく、バランスのいい流れを生み出すかと言えば、 私は感覚で起こした行…
コメント:0

続きを読むread more

睡眠のススメ

新年明けましておめでとうございます。 今日からグリーンバランスは仕事始めになります。 今年もよろしくお願いいたします。 さて、2022年はじめのブログです。 栄養(食材全般に含まれる栄養素)が毒になる、病気の原因になる。 だから栄養素を極力摂取しない方が健康になるというのは、以前からお伝えしていることですが、 今日は睡眠のス…
コメント:0

続きを読むread more

ジェットコースター

年末年始のお休みは12月30日(木)~1月4日(火)までとなりますので、ご迷惑をおかけ致しますが、宜しくお願い致します。本年も皆様には大変お世話になりました。来年もグリーンバランスをどうぞ宜しくお願い致します。皆様にとって来年も佳い年でありますように、心よりお祈り申し上げます。ありがとうございました。 さて、今年最後のブログとなるかも…
コメント:0

続きを読むread more

ヒエラルキーの頂点

ヒエラルキーとは階層制や階級制のことであり、 主にピラミッド型の段階的組織構造のことを指しますが、 私の考えですが、自然界においてのヒエラルキーの頂点は、すごくざっくりかもしれませんが、植物だと思っています。 そう思えているし、思っている方が自然を大切に敬うことができる。 植物→動物→最後に人間が最下部に位置しますが、 人間で…
コメント:0

続きを読むread more

えくぼもあばた

痘痕も靨(あばたもえくぼ)ならぬ、えくぼもあばたとなれば、人生はつまらないだろう。 今の世の中には、えくぼもあばたに見えてしまっている夫婦が五万といるのではないだろうか。 あばたもえくぼと思えて生活している夫婦に比べれば、何倍もの可能性を潰している生き方になっているのではないだろうか。 でも、子供がいるから、生活が大変になるから、…
コメント:0

続きを読むread more

変化

何年ぶりかに東京の空から虹を眺めた。 虹は珍しくないのかもしれないけど、私の日常行動では、滅多に見ることのなかった虹。 それを昨日、あっけなく見ることができた。 変化というものは素敵なものだと改めて感じています。 生まれて今まで、一度も電車での通勤をしたことがなかった。 訳あって来年からは電車での通勤をすることになりそうだ。 …
コメント:0

続きを読むread more

干されたシーツ

昔からの馴染みの水には、思考の整理や閃きを与えてくれて、気づきも与えてくれる。 水にはそんな力があるのではないだろうか。 昔から気に入った温泉宿に通い詰める人がいる。 その人はその事に自覚があるかないかは分からないけど、 おそらく、その水に秘めた力に魅了されてのことだろう。 さて、干されたシーツと書くと、干されたあとにシーツが…
コメント:0

続きを読むread more