百里を行く者は九十里を半ばとす

皆様もご存じの通り「百里を行く者は九十里を半ばとす」とは、

何事もゴールに近づいている時ほど困難であるもので、

九分どおりまで来てやっと半分と心得、

最後まで気をゆるめるな、という意味の言葉ですが、

どんな仕事でも何でも、人生には一つの大きな壁を乗り越える直前には、

試されるかの如く、険しい状況に追いやる事があります。

このことわざにはこんな思いを表現していますが、

この場所、この道こそ最も気を引き閉めて進むべき道。

でも、最も大切な道とは分かってはいても、

その状況に戸惑い、今まで信じて歩いて来た道にも関わらず、

その道事態を、本当にこの道で良いのかどうかすら、

わからなくなり、自信を失うほどの道のり。

それほど険しい状況に追いこまれる道。

人生とは無情とばかりに、挫折感にうちひしがれる。

多くの人がこの場所で立ち竦み、引き返すことになる道。

その道を渡りきれずに。

この言葉の本当の意味に気づかずに。

私もその一人ですが、

百里を行く者は、ゴールの直前で、

最もどでかい困難を授けるのだと言うこと。

逆に言えば、そういった道にたどり着いたと言うことは、

ゴールが近いというのと同時に、

この道で間違いはなかったということを意味する。

この険しい道をチャンスと捉えるか、

そうでないかで、大きく違ってくる。

あと一歩、あと少しの場所で、あえて惑わすという試練。

それこそ、あなたはこの先に行くべき人かどうかを、

試される道。

その道を目の前に、

自分がやると決めた時の事を思いだし、

深呼吸しながら気持ちを落ち着かせ、

感情を抑え、冷静さを取り戻す。

そこから湧き出てくる恐怖と迷いとワクワク感があるのなら、

進むべき道。

「虹を見たければ、雨は我慢するしかない」

「御来光という絶景が見たければ、富士山を登るしかない」

本当の意味で幸せを掴めるのも、

ほんの一握りなのかもしれません。

幸せには色んな形があります。

富士山を登ったから絶景に出会えるとも限りませんし、

ピッチャーで4番を打っているから幸せとは限りません。

幸せかどうかは自分が決めることだから。

死ぬ直前に、いい人生だったと思えて死んでいく人が、

どれ程いるのだろうか。

今自信を持って、幸せと言える人がどれほどいるのでしょうか。

でも、喫茶店で落ち着く雰囲気と美味しい珈琲を飲んで、

幸せを感じる感受性は持ち続けたい。

生きているだけですばらしいと思える感受性、

自分一人では生きられない事の意味と、

色んな支えがあって今がある事を、

時には思い返していたい。

そんな気持ちを抱きながら、

今険しい道のりを渡りながら、そう思える気持ちの余裕を僕にも授けて欲しい。

そんな自分になりたい(^_^;

今日はこの辺で。

いつも最後までお読みくださいまして、ありがとうございます。



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